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闇に葬られる誤り

組織というものに加わってある程度たってくると一言二言きいただけで会社の体質が見えてくるもの・・・今回はそんな中でのお話。

先日IT関連のある勉強をした際に聞いたたとえ話であるが、実話をもとに構成された話と推定されるので紹介しよう。
まだまだ古い体質が残るとある企業でのこと。ある日役員のメールの中身が見えなくなり、秘書から復旧してほしい旨の連絡があったという。
IT部門が原因を調査しようとログを確認するとご自分で消した跡があったそうで、その旨指摘したそうだが、話を上司にあげているうちに決まったのが「無かったことにしてこっそりバックアップから復旧し、当該役員にもシステムの不具合と報告する」という答えだったそうだ。しかもそんな企業はまだまだ「ありがち」のようだという。
私は中身もさることながら「ありがち」という言葉に興味を示し、とある実在の企業を想像した。そういう古い体質を持っている会社が日本の頂点を含めて存在することは身をもって知っていたからだ。

正直言って本人がメールを誤って消したことくらい大したことではない。「だからもみ消してもかまわない」という考える方もいるのかも知れないが、むしろそんなことすら誤りを認めず無かったことにすることで、却って「より大きな問題を無かったことにしているのでは」と疑いを持たせることの方が組織にとってのデメリットが大きいのではないだろうか?

幸い私は小さなIT専業の会社に在籍しているものの、「誤操作をなかったことにする」という対応は今まで聞いたことがなかったが、こういう企業が改善されるのにあと10年以上はかかってしまうのだろうか・・・?いっそのこと「役員ミス指摘奨励制度」とかつくって指摘ミスの程度に応じて数百円-数十万円の奨励金を与えるくらいの会社があってもいいような・・・

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アドブルー触媒は「触媒」なのか

日産ディーゼル工業が7日から大型路線バスをフルモデルチェンジして発売したという。
平成17年排ガス規制適合をターゲットとするもので、おそらく他の国産ディーゼルメーカーも追随して競合車種を販売してくるであろうが、とりあえずはハイブリッド車(日野自動車が販売)を除けば一番初めに規制適合となるバスとなる。
http://www.nissandiesel.co.jp/newsrelease/2005/0606bus.html

最近の排ガス規制対応の難しさの背景にはNOx(窒素酸化物)とPM(粒子状物質)を両方とも削減しなければいけないことにある。通常燃料を高温・高圧で燃焼するとNOxが、低温で燃焼するとPMが発生しやすくなるという「両刃の剣」というわけだ。

この問題の解決について今回の同社の対応としてはPM低減を主眼にしてまず燃料を超高圧噴射し、その結果増加することになるNOxをアドブルーを使って処理することにしているようだ。
http://www.nissandiesel.co.jp/newsrelease/2004/1007scr.html
ただ、同社はこれを「尿素SCR触媒」と称しており、説明を見る限り実際に「触媒」として機能しているような説明だが、気になるのは本当に触媒なのかという点とアドブルーの補充がコスト増を招き保守上の弱点とならないかという点である。

まず前者。本当に「触媒」であれば本来補充不要なものであるが、補充が必要という。ということは「触媒」ではなく化学反応に参加しているかあるいは定期的に取り替えが必要ということになるのかがよくわからない。尿素自体は分解すると炭素と窒素と水素と酸素でできているのでだが、どのような反応式で何が出るのかは気がかりであるし、本当の意味での「触媒」であれば尿素の形のままどこかに出ていることになり、処理がどうなるのか気になる。

次に後者、同社によれば供給体制自体は大手燃料スタンドやトラックステーション・販売会社の拠点などで確保しているようであり、正常な使用を実践できている限りでは大きな問題はおきないと思われるが(当然のことであるが)、万が一意図的にアドブルーを切らせて使用するような不正な使用方法ができたとするとせっかくの技術も生かされないことになる。

5年後に予定されているさらに厳しい排ガス規制が2009年に予定されているが、この規制には補充不要の技術により対応できることを期待したい。

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憧れ・・・

ここを読んでいらっしゃる男性諸氏には小学校低学年の時期に女の子に
対する憧れを持ったことがあっただろうか・・・
その頃は恋を意識する年齢になる前、そして自分が男であることを認識
せず普通に女の子と接していた頃・・・それがいつか相手が女の子である
こと、自分が男であることを意識するとき・・・
今回はそんな時分の話をしてみよう。

小学校1年生当時、地域の子供会に行っていた。確か仲良くなった友達の
お姉さんがこの子供会に入っていたので弟共々私を誘ったのだと記憶して
いるが、本当にそうであったかは定かではない。この子供会は今思えば
妙に女の子(=お姉さん)が多い子供会であった。その中にとある姉妹が
おり、5年生のお姉さんの方を意識してしまったようだ。
彼女の名前は妹さん共々忘れてしまったが、姓は「倉持さん」と言ったと思う。
ショートヘアと比較的ボーイッシュなスタイルの組み合わせ・・・でもぱっちり
した眼や髪の毛のバランスの絶妙さと女の子らしい清潔感で凄く可愛らしい
感じを持っていたお姉さんであった。
そんなお姉さんに対してはじめの頃は殆どこれといった感情は抱いておらず、
本当に普通に遊んでいた。近くの公園でかくれんぼのようなことをやったり、
自治体の施設にある会議室でハンカチ落としなどをしたり・・・本当にいろいろ
なことをやった。
そんな日が続いて約1年が経った頃、私は自分の心に異変が起こったのに
気づいた。彼女の眼が顔が妙に気になるようになってしまったのである。
それからというもの何となく彼女の方を見てしまいつつさりとて目を合わせて
しまうのは凄くはずかしい、そんな感じの中で1日を過ごすようになった。
それも毎回のように気になっていたのだから今の自分から見ても恐れ入る。
今思えばまさに「女の子への憧れ」がひきおこす悪戯であるのだが、当時は
そこまで考える余裕がなかったのが残念なところか・・・

そんな日が1年続いた後、彼女は中学校に入って子供会を抜けてしまい、
その後私と友人の2人だけが残った状態が続いた後、指導員と会員がいなく
なったことにより子供会自体がなくなってしまった。それからというもの彼女
の記憶は殆ど出すこともなく二十年以上の時が流れていった。今思えば
良くぞ覚えていたものである。

決して周りには話すことのない自分だけの宝箱・・・
皆さんはそんな記憶をお持ちですか?

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